アン・シーリー、ローリ・シルズ、キャサリン・デグナン、マリア・カサノ、レジナ・デヴィット、ジャクリン・ハンラハンのシスター達。聖マルグリット・ブールジョワの肖像画の前で。
撮影:CND、2009年

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マルグリット・ブールジョワとモントリオール

出典:『マルグリット・ブールジョワとモントリオール 1640年-1665年(序章)』 パトリシア・シンプソン著 (Montreal: McGill-Queen's University Press, 1997)

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6. マルグリットの夢を生かし続ける

・・・マルグリット・ブールジョワは自分の生涯の「黄金期」として、どの時期を選ぶだろうか? 彼女の手記から、それは初めてモントリオールに到着した1653年から1665年まで、つまりポール・ショムディ・ド・メゾンヌーヴがフランスに帰国してしまい、カリニャン・サリエール連隊が到着するまでの12年間であることが窺える。連隊の到着は、モントリオール史の一時代の終わりを告げた。この「黄金期」は苦闘、危険、窮乏と困苦の時代であると同時に、希望と友情の時代、夢を分かち合う時代でもあった。マルグリットはモントリオールの入植者一人ひとりを知っており、その内の多くの者と親しかったから、マルグリットは彼らの人生に大きな位置を占めていたし、彼らもまたマルグリットの生活の中に大切な座を占めていたのであった。・・・1665年、ド・メゾンヌーヴは帰国したが、その時点でマルグリットの生涯が終わりを告げたのではない。・・・次の目標は、創始した修道会 ― ローマ・カトリック教会の中で最初の囲制度なしの女子修道会 ― を行政当局と教会に認めて貰うことだった。この修道会は、すでにマルグリットの存命中、フランス人だけではなく、北米に住むフランス人、先住民族、それに英国系の女性までを会員としていた。彼女たちはその教育の働きをモントリオールからケベックへ、また、セントローレンス河沿いに建設された小さな入植地へと拡げていった。

マルグリット・ブールジョワについての研究は、過去を理解するために役立つだけではない。この研究から私たちは他の重要な事実をも学ぶことができる。マルグリットは開拓者であり、教会と社会が切っても切れない関係にあった世界で、よりよい教会、よりよい社会を築こうと努力したリーダーであった。この世界で、マルグリットは、女性と子供の福祉に心血を注ぎ、「もし人々が互いを理解することを学ぶなら、必ず世界はよりよいものになる」ことを信じていたのである。私たちがつい昨日まで生きていた世界が失われてしまったと感じていると同様に、ヨーロッパから新しい世界に向かった17世紀の入植者たちは、ヨーロッパを取り返せない過去のものと感じたであろう。またアメリカの先住民にとっても、コロンブスの新大陸発見以前のアメリカは、取り戻せない世界、失われた世界になったにちがいない。マルグリット・ブールジョワは、モントリオール史の初期という古い、昔の時代に生涯を送った女性である。しかしその生き方は、現代の開拓者として、今の時代の困難に立ち向かう私たちに、多くのことを教えてくれるはずである。「人を理解すること」「人と共に在ろうとする心」の必要についても教えてくれるだろう。このようなことは、三世紀前も今も、等しく大切なことだからである。

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関連項目

大きな夢を抱いた開拓者

マルグリットの生涯 主な出来事

肖像画の調査

創立者についての詳細情報