アン・シーリー、ローリ・シルズ、キャサリン・デグナン、マリア・カサノ、レジナ・デヴィット、ジャクリン・ハンラハンのシスター達。聖マルグリット・ブールジョワの肖像画の前で。
撮影:CND、2009年

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マルグリット・ブールジョワとモントリオール

出典:『マルグリット・ブールジョワとモントリオール 1640年-1665年(序章)』 パトリシア・シンプソン著 (Montreal: McGill-Queen's University Press, 1997)

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1. モントリオールの教育者

フランスのシャンパーニュ地方の古都トロワで生まれ育ったマルグリット・ブールジョワは、1653年に、カナダの小さな要塞都市ヴィル・マリー(現在のモントリオール市)に渡って来た。当時まだ生みの苦しみの時期にあったヴィル・マリーは、17世紀のフランスの信心深い人々の或る願望から生まれた町である。その願望とは、彼等が何よりも大切であると考えていたキリスト教の信仰を、「新世界」の人々と分かち合うことであった。彼らはこの目的を達成するために、新しいフランスと呼んでいた入植地のモントリオール島に共同社会を建設することを望んだ。そして建設の目的を、使徒言行録に描かれているキリスト教徒の理想を、先住民であるアメリカ・インディアンの人々にとって魅力的な方法で実現することとした。初代教会の信徒たちが、1世紀の地中海世界を改心に導いたのに倣って、彼らもアメリカ先住民を惹きつけようとしたのである。キリスト教徒の理想の実現というこの目的を達成するために、ノートルダム・ド・モンレアル協会が1640年にフランスで創設され、2年後の5月に、モントリオール島にヴィル・マリーという名の都市が創立されたのであった。

マルグリット・ブールジョワは、ヴィル・マリーの創立から11年後にこの町に到着した。彼女がフランスの入植地に赴いた目的は、植民地建設計画の一部を完成させるためであり、この計画の中には子供たちの教育も含まれていた。マルグリットは「百人隊」の名で知られる募集兵たちと共にフランスからやって来たが、兵士たちの目的は、最初の設立計画の放棄や立ち消えもやむなしという空気に対して、ヴィル・マリーを守ることであった。フランスからカナダに向かう航海では、マルグリットは、病人を看護し、死に瀕した人々を慰めていた。マルグリットと共に入植地に向かう船旅をした人々は、船上で既に彼女のことを「シスター」と呼び始めていた。このように、初めてヴィル・マリーに到着した時から1700年に没するまで、マルグリットは生涯を通じてモントリオールの人々の幸福と福祉のために献身している。

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関連項目

大きな夢を抱いた開拓者

マルグリットの生涯 主な出来事

肖像画の調査

創立者についての詳細情報