シスター・マリアナ・ド・ジェズ・サガスチュメ・ヴェンテュラとシスター・クローディア・マルガリータ・フォアレス・フォアレス。オールドモントリオールのノートルダム・ド・ボンスクール教会の入り口を背景にして。
撮影:CND、2010年

ホーム > 会の歴史 > ジャンヌ・ル・ベール > 伝記(4の1)

ジャンヌ・ル・ベール  
北米の最初の隠遁者

By Marie-Josée Harvey, Pastoral Ministry Notre-Dame-de-Bon-Secours Chapel, 400 Saint-Paul Street East, Montréal, QC H2Y 1H4

[1] [2] [3] [4] [次のページ]

通りや学校の名前になっているこの女性とは・・・

ジャンヌ・ル・ベール
モントリオールの若い女性
北米における最初の隠遁者


モントリオールにはその名を戴いた通り、学校、選挙区、公園があるので、「ジャンヌ・ル・ベール」という名前は、おそらくよく知られているでしょう。しかし「ジャンヌ・ル・ベール」という女性自身について、あなたはどの程度知っていますか? 

ジャンヌ・ル・ベールは、17世紀にモントリオールの上流階級の家庭に生まれました。本来ならば、快適な暮らしを送り、釣り合いの取れた男性と結婚して、フランスの植民地ヴィルマリー(現在のモントリオール、カナダ)の裕福な良家の遺産相続人となるはずでした。しかし彼女は、良家の娘に用意された人生を歩む代わりに、神の招きを識るためにじっくりと時間をつかいました。ご聖体のうちに現存するイエスへの愛から、当時の修道召命とは異なる生き方を、勇気を出して受け入れたのです。彼女の知恵と取次ぎの力に心から信頼を寄せる人々から、彼女は「ヴィル・マリーの天使」と呼ばれいましたが、同時に優れた芸術的才能を教会への奉仕に役立てた芸術家でもありました。ジャンヌの信仰の証しは何世紀も生き続け、今も世界中の修道会や信徒にインスピレーションを与えています。「ご聖体の人」であったジャンヌが亡くなった時、人々は彼女を「聖女」と呼びましたが、現在でもオールド・モントリオールのノートルダム・ド・ボンスクール教会に眠るジャンヌを訪れ、その墓前で祈る人々がいます。ジャンヌの生涯の一面を知って、どうぞジャンヌとの霊的な繋がりを育てて行ってください。勇気をもって、寛大に生涯をキリストに捧げた女性。その生涯の出来事をとおして、また特有な召命のかたちで、人々に知られるようになったジャンヌ。「見えない方をお守りする人」であったジャンヌが、2008年ケベック市で開かれた国際聖体大会で広く紹介されたのは、本当に素晴らしいことでした。

[1] [2] [3] [4] [次のページ]


日本管区ブログです

若い人と
シスターたちの
交流のページ

1 2 3 4 5

シスターのつくばだより

コングレガシオン・ド
・ノートルダム修道会
日本管区ブログに
連載されている
「つくばだより」の
バックナンバー、
巡礼記のリンクを
主に掲載しています。